治療法開発への期待(pipeline)
最終更新日:平成28年4月17日
現段階での治療薬開発のpipelineです。大雑把なところもあります。
ここ最近では幹細胞治療や遺伝子治療など再生医療領域での進展が目覚しく、今後の治療法開発が期待されます。
また、このpipelineには入っていない機序での薬剤が発見されることもあります。最近では動物実験でSOD1変異モデルマウスの生存期間を劇的に改善させたCu-ATSMの発見は大きな話題となりました(臨床試験が実施予定です)
SOD1蛋白質を減少させる
▽SOD1遺伝子変異に起因するALSにおいて、変異SOD1蛋白質を除去することができれば治療的効果が期待できます。
▽ワシントン大学とIsis Pharmaceuticals社は、アンチセンス・オリゴヌクレオチド(ASOs)を用いて、SOD1蛋白質生成を阻害する方法を開発中です
▽アンチセンス・オリゴヌクレオチドはメッセンジャーRNAに結合し、蛋白生成を阻害します。SOD1遺伝子に対するASOの第1相臨床試験の結果、安全性が確認されています
▽次の臨床試験に進む前に、現在ASOの作用効率を改善する試みがなされています。
▽ASOを用いた治療法は、C9ORF72変異に起因したALSに対しても有望な治療法と考えられており、前臨床試験段階にあります。SOD1に対するASO治療試験が成功すれば、速やかに次の段階に進展することが期待されています。
▽その他、SOD1蛋白質を減少させる試みとしては、抗マラリア薬のpyrimethamineによるものがあります。現在第1/2相臨床試験中です。
興奮毒性を減弱
▽興奮毒性はグルタミン酸などの神経伝達物質過剰により、神経細胞が傷害されるものです。ALSでは、血液や髄液中のグルタミン酸濃度が高いことが報告されています。
▽現段階で唯一のALS治療薬であるリルゾールは、グルタミン酸に拮抗し、興奮毒性を減弱させる治療戦略に基づくものです。
▽グルタミン酸の効果は生存期間を3ヶ月ほど延長させるというものです。しかし、現在、リルゾールを上回る興奮毒性抑制作用を有する薬剤が開発中です。
▽動物モデルにおいてグルタミン酸抑制作用が確認されたceftriaxoneの臨床試験が行われましたが、有効性を確認することはできませんでした。しかし、ceftriaxoneが、治療的効果の期待できる、十分な濃度で脊髄に到達したかはわかっていません。
▽最近では、動物モデルにおいて、神経細胞からリルゾールなどの薬剤を排除する作用を有するP糖蛋白質の作用をelacridarにより阻害したところ、治療的効果が増強したとの報告があります(http://alexkazu.blog112.fc2.com/blog-entry-452.html)
▽リルゾールなどの治療効果が増強する治療法が開発されるかもしれません
抗炎症作用
▽炎症反応は、免疫系の生体保護作用による急性反応ですが、これが長期持続すると有害作用が出現します。ALSでは、神経炎症反応が高まっていることが報告されており、脊髄での炎症反応の存在を示唆しています。
▽研究者らは、この炎症反応が果たして神経細胞を保護する性質のものなのか、それとも有害作用を有するのか、あるいはその両者であるのか、結論をだすことができていません
▽抗炎症作用を有する抗生物質であるミノサイクリンの臨床試験が行われましたが、治療的有効性を確認することはできませんでした。
▽現在その他の抗炎症作用物質が調べられています。これらの薬剤にはジレニア(多発性硬化症治療薬)、タモキシフェン(乳癌治療薬)などが含まれます
▽ActharはQuestcor Pharmaceuticals社が開発中の副腎皮質刺激ホルモン類似体であり、第2相臨床試験中です。
▽NP001は、Neuraltus社が開発中の薬剤であり、免疫系細胞であるマクロファージと中枢神経のミクログリアをターゲットとする薬剤です。これら免疫系細胞を傷害性を有する状態から、細胞保護的な状態へと変化させる作用が期待されています。第2相臨床試験が行われ、全体としての有効性は確認できなかったものの、高用量投与群で進行遅延作用を有することを示唆する結果が得られています。さらに大規模な臨床試験が予定されています
▽IMS-o88は免疫抑制作用を有する薬剤で、前臨床試験段階です。また幹細胞移植の際に使用された5種類の免疫抑制剤を用いた第2相臨床試験が開始予定となっています
▽チロシン・キナーゼ阻害薬として免疫抑制作用による治療的効果の期待されているmasitinibは現在第2/3相臨床試験が実施中です。
抗酸化作用
▽ALSにおける神経細胞死の原因として、フリーラジカルと呼ばれる細胞傷害性分子の関与が疑われています。フリーラジカルは酸化とよばれるプロセスにより細胞内の様々な分子を傷害します。
▽coenzyme Q10やエダラボン、クレアチンなどの抗酸化作用の期待される物質の有効性が、製薬会社により調べられています
▽エダラボンは第3相臨床試験の結果を受けて、日本で適応承認がなされました。
HDAC阻害薬
▽Histone deacetylase inhibitors(HDAC inhibitors)は特定の遺伝子発現のスイッチをオフにする抑制性の酵素です。運動神経細胞保護の観点から、このHDAC inhibitorが治療的有効性を発揮することが期待されてます
▽動物モデルではHDAC inhibitorの有効性が確認されています。第1相臨床試験では安全性が確認されました。現在有効性を確認する第2相臨床試験が行われています
神経保護作用
▽運動神経細胞の生存期間を延長させる効果を有する薬剤は、試験管内での実験や、動物モデルにおいて複数発見されていますが、その作用機序は多くが不明確なままです。
▽過去にそのような複数の薬剤が臨床試験で効果を確認されましたが、現在までのところ明らかな有効性が確認できた薬剤はありません。
▽近年Biogen Idec社が開発中のdexpramipexoleの第3相臨床試験が行われましたが、有効性を確認することはできませんでした。
▽Teva Pharmaceuticals社が開発中のRasagulineの第2相臨床試験が行われています。
▽神経保護作用を有するとされる物質は複数提案されており、今後の進展が期待されます
抗アポトーシス作用
▽アポトーシスは細胞が特定の自己破壊シグナルを受けた場合に、自らを崩壊させる過程です。ALSではアポトーシスが神経細胞死に関与しているとするいくつかの報告があります
▽アポトーシスによる神経細胞死を防ぐ可能性のある薬剤が開発されています。そのような薬剤のうちの1つがtaurousodeoxycholic acid(TUDCA)であり、第2相臨床試験が行われています
抗蛋白質凝集作用
▽ALSにおける細胞内封入体においては、TDP-43の凝集体が主要な構成成分であることがわかっています。
▽蛋白質の凝集を抑制する治療法が開発中であり、シャペロン分子を用いる方法が主要な方法です。
▽arimoclomolなどの人工的なシャペロンを用いる方法や、内在性のシャペロン分子である熱ショック蛋白質を増加させる方法などが提案されています
▽Nexgenic社は様々な熱ショック蛋白質を誘導する治療法を開発中です。現在前臨床試験段階にあります。
▽Coyde Pharmaceuticals社は熱ショック蛋白質を誘導する小分子を開発中です。
▽CytRx社のArimoclomolは、この分野で最も進歩した薬剤であり、第2/3相臨床試験が行われています。今後有望な結果が期待されます
神経成長因子
▽Neurturinや脳由来神経栄養因子(BDNF)、グリア由来神経栄養因子(GDNF)、インスリン様成長因子(IGF)、血管内皮成長因子(VEGF)などの成長因子は神経成長を促進し、神経保護作用を発揮することでALSへの治療的効果が期待されています
▽動物実験では、これらの物質は有効性が確認されたものの、これまでの臨床試験では、あまり有効性が確認されない結果となっています。しかし、これらの結果は、成長因子が治療的効果を有しないためなのか、あるいは成長因子が中枢神経に到達しなかったためなのか、結論はでていません。
▽この治療戦略は、有望な治療選択肢として現在も注目を集めています。現在、患者自身の内在性の成長因子発現を促進させる治療法が開発中です。このような治療戦略のうち最も進展しているものは、VEGFに関連したものであり、現在第2相臨床試験が行われています
▽Sangamo Biosciences社は、SB-509を開発中で、この物質はDNAに結合する性質を有するジンクフィンガー蛋白質であり、VEGFの発現を促進し、治療的効果を発揮することが期待されています。
▽その他、グラクソ・スミスクライン社では、神経成長抑制因子を阻害する薬剤を開発中です。ozanezumabと呼ばれる薬剤は、モノクローナル抗体であり、neurite outgrowth inhibitor A(Nogo-A)と呼ばれる神経成長抑制因子を阻害し、治療的効果が期待されています。第2相臨床試験が行われています
▽成長因子は、Neuralstem社の幹細胞移植であるNSI-566の作用機序としても注目されています(http://alexkazu.blog112.fc2.com/blog-entry-494.html)
遺伝子治療
▽ALSに対していくつかの遺伝子治療法が開発中です
▽遺伝子治療では、細胞に新たな遺伝子が導入し、蛋白質を発現させることにより、治療的効果を期待します。
▽新たに導入する遺伝子としては、成長因子を発現させる遺伝子、遺伝子治療研究所で行われている、グルタミン酸受容体のRNA編集の異常に注目した、RNA編集酵素であるADAR2遺伝子などがあります。
▽またIsis社では、アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて、変異SOD1蛋白質の発現を阻害し、治療的効果を期待する薬剤を開発中で臨床試験が実施予定です
▽有望な治療法だけに、十分な予算配分がなされることが期待されます
神経幹細胞
▽有望な治療法としてメディアなどの大きな注目を集めている方法です。
▽幹細胞は直接運動神経細胞を誘導するものではありません。なぜなら運動神経細胞に分化しても、その後、軸索を数フィートに渡り伸長させ、ターゲットとする筋線維に到達させる必要などがあり、そのような手法は動物実験でも実現できていないためです
▽現段階では、運動神経細胞を支持する細胞に分化させ、神経栄養因子など神経細胞を保護する因子を分泌させる細胞に分化させる手法が主流です。
▽Neuralstem社のNSI-566では、第1相臨床試験の良好な結果を受けて、現在第2相臨床試験が進行中です
▽Brainstorm社のNurOwn細胞も、イスラエルでの第2a相臨床試験が終了し、最終結果が公表されました。アメリカでより質の高い第2相臨床試験が実施中です。
▽また、幹細胞をアストロサイトに分化させ、治療的効果を期待する新しい幹細胞治療の臨床試験も予定されています
神経筋接合部増強
▽病態進展と同時にALSでは筋力低下が起こります。筋力の増強による生存期間の延長は期待できませんが、QOLの改善効果は期待できます
▽これまで筋力を増強させる薬剤が開発されてきました。Cytokinetics社のtirasemtivは、神経筋接合部のシグナル感受性を改善し、治療的効果を期待する薬剤ですが、第2b相臨床試験が終了し、静的肺活量を改善する効果が観察されました。現在第3相臨床試験が実施中です