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幹細胞治療

 

最終更新日:平成28年4月30日

 

 

 

このページでは、再生医療領域でも、近年進展の著しいALSに対する幹細胞治療についてまとめます。

 

幹細胞は神経細胞や神経細胞を支持するグリア細胞などに分化する機能を有し、ALSにおいては、主として神経細胞を支持する細胞に分化誘導させた細胞を移植する手法が主体となっています。

 

どのような細胞を移植するかの違いがあり、例えばBrainstorm社のNurOwn細胞では、神経栄養因子などを分泌するように分化誘導させた自己組織由来の幹細胞を移植し、Neuralstem社のNSI-566では、胎児由来の幹細胞を用いて、インスリン様成長因子-I(IGF-I)などを分泌するように分化誘導した細胞を移植するなどの違いがあります(自家移植ではなく、同種移植のため免疫抑制剤も併用されました)。

 

また、移植に用いる手技にも違いがあり、NurOwn細胞については硬膜下にカテーテルを挿入し、そこから細胞を髄腔内投与で移植するため、比較的侵襲性の低いものですが、NSI-566については、椎弓切除術を行い、脊髄を目視下におき、移植細胞を脊髄内にmicroinjectionするという、侵襲性の高い手技を用いるという違いがあります。

 

現在進行中の試験が多く、アストロサイトに分化させて移植するQ cellなどの新たな治療戦略が開発されており、今後の進展が期待される治療法となっています。

 

 

幹細胞治療総説

以下の論文に、幹細胞治療の簡潔な総説がありましたので、概略を訳してみました。2014年ですので、情報が少し古いかもしれません。(Exp Neurobiol. 2014 Sep; 23(3): 207–214)

 

3種類の主な細胞源

▽現在までにALSに対する幹細胞移植に使用されている細胞は大きく2種類に大別され、さらにiPS細胞を加えると3種類となります

▽1つ目は間葉系間質細胞です。これらには、骨髄間葉系間質細胞、脂肪由来幹細胞、骨髄由来CD133+造血幹細胞、臍帯血由来CD34+前駆細胞などが含まれます。

▽2つ目は、神経組織由来の神経幹細胞です。これらには、胎児由来の脊髄細胞や嗅覚神経鞘細胞などが含まれます

▽さらに、近年iPS細胞由来の細胞が各種動物モデルに移植され、良好な成果が報告されています。遺伝子編集技術とiPS細胞から神経細胞に分化させる技術の進歩により、遺伝子的に編集した細胞の生成が可能となっており、多くの可能性を秘めています。

▽▽▽▽▽ALSに対する細胞移植治療▽▽▽▽▽

*間葉系間質細胞移植

▽多能性体性幹細胞は骨髄、脂肪細胞、臍帯血細胞などから分離されます。間葉系間質細胞は特定の条件化で3種の胚葉に分化することができます。

▽間葉系間質細胞は古い組織を若返らせることができ、この作用は血液系組織のみならず、軟骨や平滑筋、神経系などで報告されています。研究者らは、外部から間葉系間質細胞を注入することにより、これら細胞が、有害な炎症性サイトカインを除去し、保護性のサイトカインを放出することにより、症状緩和作用を発揮することを報告しています。

(1)骨髄由来間葉系間質細胞移植(Brainstorm社NurOwn細胞がここに属します)

▽骨髄由来間葉系間質細胞の骨髄からの精製は比較的容易です。外部から注入した骨髄由来間葉系間質細胞は、運動神経細胞に分化することはないため、神経栄養因子をもたらす細胞に分化し、運動神経の生存を補助する働きによる治療的効果を期待します。

▽ALSにおいてはアストロサイトやオリゴデンドロサイトやその他のグリア細胞による細胞非自律性の障害機構の存在が知られています。非神経細胞による神経細胞の代謝補助の喪失や、毒性代謝産物の生成は運動神経細胞死をもたらします。

▽近年、間葉系間質細胞は制御性T細胞の調節を通じて、直接的な免疫系への調節作用を有する事が報告されています。

▽現在、間葉系間質細胞を用いたALSに対する臨床試験が進行中です。イタリアのMazziniらは、第1相臨床試験の結果を報告しました。この試験では10名の患者が自家骨髄由来間葉系間質細胞の脊髄実質への注入による移植を受けました。

▽2名の患者が過去の臨床試験における臨床経過と比較して、有意な進行遅延を認めました。しかし大半の患者では期待されるような結果ではありませんでした。この試験では、健常群から採取された間葉系間質細胞と、患者から採取された間葉系間質細胞とで、成長因子の放出や、神経保護作用などにおいてほとんど差がなかったことが報告されています。

▽近年、韓国において骨髄間葉系間質細胞移植の臨床試験が行われました。2014年に終了した第2相臨床試験において、37名のALS患者が自家間葉系間質細胞の髄腔内移植を1ヶ月の間隔で2回受けました。

▽この臨床試験ではALSFRS-Rを用いて、治療反応群と非反応群に分類され、治療反応群における治療反応性を予測するバイオマーカーが検討されました。その結果、VEGF、アンギオゲニン(ANG)、TGF-βなどが移植による治療反応性を予測する因子となる可能性が示唆されました。

▽また、ALS症状進展遅延効果が優れていた、ALS患者由来の骨髄間葉系間質細胞による、HLAハプロタイプのマッチした同種骨髄幹細胞(HYNR-CS)のクモ膜下腔内移植がALS患者に対して韓国食品医薬品局の条件付承認を得ています(2014年7月)。

▽メキシコでの臨床試験においては、自家CD133+幹細胞が末梢血より採取され、運動野皮質に移植されました。合計10名の患者に移植され、良好な結果が報告されています(http://alexkazu.blog112.fc2.com/blog-entry-994.html)

▽スペインでも小規模の臨床試験で、自家骨髄間葉系間質細胞の脊髄内移植が行われ、TDP-43の有意な減少と、運動神経細胞数の保持が観察されました。

(2)脂肪由来幹細胞移植

▽脊髄損傷モデル動物での実験において、脂肪由来幹細胞移植の報告がなされています。ALSモデルマウスにおいても、脂肪由来幹細胞移植による治療的効果が報告されています。前臨床試験段階では良好な成績が報告されており、ヒトにおいてもいくつかの臨床試験が行われています

(3)臍帯血由来幹細胞移植

▽臍帯血由来幹細胞移植による報告は、基礎実験で骨髄幹細胞移植の成績と同等の成果が報告されています。動物モデルにおいて有効性が報告されており、現在臨床試験が進行中です


*神経系幹細胞移植

(1)神経幹細胞移植


▽上記の骨髄間葉系間質細胞や胎児由来幹細胞、造血幹細胞など未分化な細胞を移植する方法については、その治療効果を明確に説明しうる根拠が乏しい状況です。成人の脊髄は、移植した幹細胞が運動神経細胞に分化するのに適した環境ではありません。

▽間葉系幹細胞と比較して、脊髄由来の神経幹細胞は、実験段階で、成長因子の分泌能において優れているのみならず、運動神経そのものに分化し、適切なシナプス形成が可能であるという点で異なります。

▽ALSモデルマウスに対してヒト神経幹細胞を移植することにより、治療的効果が報告されています。ヒト胎児脊髄由来の神経幹細胞はALSにおいて変性する運動神経細胞に置き換わる細胞として有力な候補となります(Neuralstem社のNSI-566はこの治療戦略をとるものです)

▽NSI-566の臨床試験では、安全性が確認され、幾人かの患者において治療的効果が認められたことが報告されました

(2)嗅覚神経鞘細胞移植

▽嗅覚神経鞘細胞は嗅覚シュワン細胞として知られ、ミエリン化されていない嗅神経細胞を髄鞘化するものです。嗅覚神経鞘細胞は軸索伸長と適切な経路探索、シナプス形成などを補助します。

▽中枢神経細胞を末梢神経細胞とシナプス形成させる能力と、分化の多能性により、ALS細胞移植治療の有力な候補と考えられています。

▽前臨床試験段階の基礎実験では、良好な結果が報告されています。中国で2つの臨床試験が実施され、胎児由来嗅覚神経鞘細胞が脊髄内に移植され、安全性が確認されました。しかし治療的効果については芳しいものではありませんでした。

▽移植回数を増やした場合においては、機能的改善が報告されたケースもあり、頻回移植を増やすことの有効性が示唆されています

▽▽▽▽▽iPS細胞を用いた新しい技術▽▽▽▽▽

▽ノーベル賞の受賞対象となったiPS細胞技術は、ALS治療法開発において2つの新たな手段を与えました。

▽1つ目は、患者由来のiPS細胞を用いたALS研究が可能になったことです。患者自身の細胞により、患者の病態を反映したモデルを得ることが可能となります。

▽2つ目は、iPS細胞技術により、ALS患者に対する細胞移植手段として自家移植の新たな手段が得られたことになります。

▽ES細胞とiPS細胞は運動神経に分化するために必要な性質を備えています。iPS細胞により移植手段が拡大し、従来技法と比較してより望ましい細胞に分化しうる細胞の移植が可能になります。

▽iPS細胞の多能性はES細胞と比肩するものです。しかしiPS細胞においては、エピジェネティック(後天的な遺伝子修飾)な記憶が保持されており、ES細胞と比較して、より発生元の組織への分化が容易であるといわれています。ただし基本的にはiPS細胞を分化させることは、ES細胞を分化させることと同一の現象となります。

▽現在までに多様な神経系細胞への分化が報告されており、多様な神経系細胞により正確に分化させることが可能なため、研究者らがiPS細胞を用いて、神経系疾患をモデリングしたり、治療源として用いることを可能としています。

▽YamanakaのiPS細胞技術を用いて、ALS患者由来のiPS細胞を生成する臨床試験が実施されています。近年、患者由来iPS細胞を用いて、細胞モデルを構築し、治療法探索に応用する研究が報告されています。

▽SOD1変異ALS患者由来のiPS細胞を運動神経細胞に分化させ、ミトコンドリア機能異常や小胞体ストレスを制御する遺伝子発現が減少していることなどが報告されており、病態解明に近づいています。

▽C9ORF72遺伝子変異ALS患者由来のiPS細胞を用いた研究でも、同様な病態が報告されており、今後の治療法開発にも役立つことが期待されています

▽iPS細胞を用いた治療法探索において、kenpaulloneが運動神経細胞の生存期間を延長することが報告されており、新規治療法開発の可能性があります。

*iPS細胞を用いた細胞移植治療

▽iPS細胞を用いた自家多能性幹細胞移植治療の方向性も探索されています。骨髄由来間葉系間質細胞などの体性幹細胞と比較して、iPS細胞は成熟した運動神経細胞に分化する能力が優れています。

▽さらに様々な細胞に分化することが可能なため、多くの治療的可能性が開けています。動物モデルを用いた研究によりiPS細胞が様々な特異的な組織に分化することが可能であることが示されています。

▽近年、iPS細胞由来の神経前駆細胞が、ヒト胎児由来神経前駆細胞と同等の性質を有する事が示され、胎児由来の同種細胞を、自家iPS細胞に置き換えることが出来る可能性が示唆されています。

▽ALS患者由来のiPS細胞の遺伝子変異を遺伝子編集技術を用いて修復し、移植することにより、有力な治療手段となることが期待されています。

 

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